【フランス視察記】合理的な救急医療のあり方とは

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

●人口あたり救急車が日本のわずか5分の1?
●救急患者のたらい回しゼロ?
●重度呼吸循環不全の救命率が7倍?

日本の高齢者医療における課題解決のためのヒントを求め、パリに来ています。

驚異的なフランスの救急医療。
その内情を探るべく、フランスの公的緊急医療サービスであるSAMU(Service d’Aide Médicale Urgence)を視察しました。

SAMUの本部が設置されているのは、小児医療で世界的に有名なNecker Hospitalの敷地内。視察時にも10台前後のさまざまな緊急車両が待機していました。
米国での学会に出席しているキャハリー教授に替わり、ジャン・セバスチャン・マルクス先生が案内してくれました。

基本的には県に1か所ずつ、全仏で105カ所設置されているSAMU。直訳すると、日本の救急指令本部(救急車)に相当するものと思われるかもしれませんが、実は違うものだということが分かりました。
特に以下の4点は日本とは決定的に異なり、僕個人としては非常に合理的なシステムであると感じました。

【1】レギュレーションセンターにおける医師によるトリアージ

日本の「119番」に相当するのが、フランスでは「15番」です。15番をコールするとSAMUにつながるのですが、これは日本とは違い「救急車を呼ぶ」番号ではありません。適切な救急医療につなぐための窓口です。
SAMUの司令塔となるのが「レギュレーションセンター」。訪問したパリのセンターには6名もの医師が常駐していました。コールに対しては原則として全例、医師が電話でトリアージを行い、緊急性を判断。特に救命のために必要があると考えられるケース(いわば三次救急相当)のみ、SAMUから緊急対応車両(SMUR※後述)が出動します。日本の救急車は原則としてコールがあれば100%出動しますが、SMURが出動するのは全コールのうち15%程度。350万人のパリ市民をわずか15台のSMURでカバーしています。
ちなみに二次救急レベルのもの(緊急性はあるが重症度は高くないもの。例えば尿路結石による疝痛発作、など)は、消防庁の救急車(患者搬送車)につなぎます。日本の救急車は厳密にはこことイコールですね。逆に消防庁にかかってきた電話で、緊急性の高いものがSAMUに回されてくることもあるそうです。
緊急性のないもの(例えば腰椎圧迫骨折で動けない、など)は、民間救急車による対応が原則です。民間救急は日本でいえば介護タクシーに相当するものですが、要件を満たせば一部保険が適用されるとのこと。SAMU内にも民間救急団体のデスクがあり、必要時に迅速に車両が手配できるようになっています。
そして、高度な検査や処置が必要ない場合には、医師の往診という選択肢も準備されています。
SAMUはトリアージの結果、搬送しないからといって、放置するわけでは決してないのです。

【2】緊急対応車両SMURは救急車ではなくモバイルER

SAMUから派遣されるSMURは、救急車(患者搬送車)というよりは移動救急処置室。救急医が同乗するという点で、日本の救急車とは大きく異なります。
医師以外にも麻酔蘇生専門看護師・医学生(医師の下で医療行為が可能)・看護助手(ドライバー兼務)が乗り組み、一通りの医療処置が可能(画像診断は超音波のみ)。SMURは患者を車内に収容次第、救命救急処置を開始し、処置をしながら病院へ移動、そして病院の救急処置室を素通りして、そのまま直接ICU・手術室に入室します。
コールがあった時点でレギュレーションセンターが搬送先を確保しますので、「たらいまわし」で病院が決まらないということはありません。
ちなみにSMURはSAMU以外の場所にも配置されており、その拠点はSAMUの数倍。主に公的病院に配置され、その病院の一部門として運用されているとのことです(搬送先はその病院には限りません)。

【3】非常に高度な救急医療処置に対応し、生存率も向上

SAMUにはモバイルERであるSMURに加え、「ECMOチーム」も存在します。ECMOとは「体外式膜型人口肺」のこと。これは従来の治療では救命困難な重症呼吸不全・循環不全による危機的状況を代替するための体外循環人工心肺、いわば究極の救急治療です。通常は集中治療室や手術室などで行う処置ですが、SAMUでは、75歳未満で一定の条件を満たす患者に対しては、その場でECMOを積極的に導入しています。
重症度の高いケースでは、通常のSMURに加え、ECMOチームも同時に出動。いち早く呼吸循環不全を代替できるため、治療成績も劇的に向上。これまでわずか4%だった生存率が、実に30%が後遺症を残さずに治癒しているとのことでした。
ちなみにパリのSAMUには、ECMO対応可能な医師が4名在籍し、常に1名がスタンバイ、麻酔専門看護師および看護助手とともに出動し、年間100~120件の緊急ECMOに対応しています。視察当日も、ECMOチームが慌ただしく出動していくシーンに立ち会うことになりました。

【4】医学ニーズのみならず社会ニーズにも対応

救急コールしてくる患者の中には、高齢・独居・経済的課題など、実は医療ニーズよりも、社会ニーズのほうが大きなケースが少なくないとのこと。
SAMUではこのようなケースに対し、救急医療の適応外であると突き放すのではなく、地域のソーシャルワーカーや行政・福祉サービスなどにつなぎ、アウトリーチを依頼します。さらに15番(SAMU VITAL)以外に、115番(SAMU SOCIAL)という電話番号を設置し、社会的な課題に対応するためのサービス(メディコ・ソシアル・プラットフォーム)の提供も開始しています。
日本でも救急搬送される高齢者の増加が問題になっていますが、その多くが医学的には軽症から中等症、むしろ社会的課題のほうが大きなケースは少なくありません。119番というアクションを適切な支援先につないでいくことを考える必要があると、改めて強く感じました。

シャルリエブド事件で襲撃のターゲットとされた漫画家のカミュさんが、事件の時に大きく貢献したSAMUに感謝の気持をこめて、エレベータ内にフレンチポップなイラストをプレゼントしてくれたのだそうだ。

パリのSAMUには、救命救急医、麻酔蘇生医、小児総合医、総合診療医、精神救急医などのさまざまなプロフェッションの医師が勤務し、多様な緊急医療ニーズに迅速に対処できる体制が整っていました。また、救急医療資源をもっとも効果的に活用するためのトリアージ機能の重要性を改めて認識しました。誰でも平等に受診できること、よりも、重症度に応じて優先順位が設定されることのほうが公平である、という合理的な哲学を感じました。
またSAMUのトリアージは、受診弱者に対するバックアップ選択肢も、合理的かつシステマティックに、抜け目なく提供されていることに驚きました。特に社会的課題に対するフォローアップまで行われていることには強い感銘を受けました。

事前情報にあった「パリの救急車の人口あたり台数は日本の5分の1以下」というのは、厳密には救急車ではなくSMURの台数であり、これと別に消防の救急車は存在するので、正しいものではたりませでした。

しかし、東京では927万の人口に対し、229台の救急車がフル稼働状態。救命救急センター・高度急性期病院は、病棟を回せず、たらい回しも日常化。その本来の機能を発揮できなくなることが懸念されています。また、救急搬送や入院という仮の形で対処されている社会的課題の真のニーズには現在のところ十分な対応ができていません。

超高齢化の進む東京で、救急医療は、病院は、そしてかかりつけ医は、これからどうあるべきなのか。深く考えさせられるとともに、フランスの思想の合理性を感じました。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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