【日中認知症ケア実践事例共有フォーラム】日本の現場から、中国の現場へ

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本日、中国は上海にある華東師範大学で「日中認知症ケア実践事例共有フォーラム」が開催されました。文字通り、日中双方の認知症ケアに関する事例や知見を共有するはじめての試みです。日本からは中国の認知症ケアのあり方に一石を投じる形で終了できたのではないかと思います。中国ではすでにWechatなどを通じ、今日の様子がかなり拡散しているようです。

 

全7時間のプログラムは、「ケアニン」の上映に始まりました。この映画のプロデューサーである山国さんからは、この映画を制作した理由とその後の評価についてのお話がありました。
映画の中では、最新の認知症ケアの技術がそのまま表現されているだけでなく、医療やケアの専門職の立場としても、当事者や家族の立場としても、つい感情移入してしまう作品に、会場全体が時に笑い、そしてたくさんの涙を流しました。
ケアの専門職もそうでない人も、映画を見た人の多くが、ケアという仕事を肯定的に捉えるきっかけになったことは間違いないと思います。

 

午後は上海市社会福祉センターの徐主任の致辞に始まりました。
日本が地域密着・小規模で成果を上げつつあることを認識した上で、これまで大型施設の建設が中心だった上海市の介護事業も、地域単位の中規模事業所にチャレンジしていることが紹介されました。

続いて今回のフォーラムの共催者でもある日中福祉プランニングの王 青 (Qing Wang)代表から、夕方4時ごろになると外出しようとする認知症高齢者のその行動の理由を探索したところ、実は幼稚園から帰ってくる息子を迎えに行こうとしていた、という事例の紹介がありました。日本と中国で、認知症ケアのあり方に本質的な違いはないことを改めて認識することができました。

 

その後、佐々木より「認知症へのアプローチ」というタイトルで、日本での認知症(認知症ケア)に対する考え方の変化を紹介しました。

「痴呆症」から「認知症」への呼称の変更が意味するものは何だったのか?
高齢者の認知症は「病気」と考えるべきなのか、それとも「老化」の一部と考えるべきなのか?
認知症当事者の本当のニーズは何なのか?
それはケアという特別な仕事の役割であるべきなのか?

さまざまな問いに対して、日本がどのように考え、どのように取り組んできたのか、政策と民間の取り組みの両方の側面からお話をさせていただき、下河原さんにバトンタッチ。

下河原さんは、認知症の人のケアをする、あるいはともに生活していくためには、相手の見えている世界を理解することがとても重要である、ということを改めて強調。認知症の一人称体験を可能にしたVR(仮想現実)というテクノロジーを通じて、介護専門職のみならず、家族を含む一般市民、そして企業や地域の事業所などへの啓発活動の取り組みが紹介されました。
レビー小体型認知症のVR体験には多くの参加者が殺到しましたが、上海市老齢科学研究センターの殷主任の素晴らしいモデレートでスムースに進行しました。

 

日本からのプレゼンに続き、上海からのプレゼンが行われました。
上海でコミュニティケアに取り組む上海尽美高齢者ケアセンターの顧幹事からは、中国では介護専門職のほとんどが女性で、ケアの業界にもっと男性職員が増えるべきではないかという問題提起がありました。

日本で20年以上認知症ケアに関わり、認知症ケアに定評のある特別養護老人ホーム「きのこ南麻布」で施設長として勤務されていた陳さんからは、上海の認知症ケアの改善への取り組みについて紹介されました。陳さんは現在、紅日養老グループで、認知症ケア研究センターの主任に着任され、中国国内の高齢者施設における認知症ケアの改善のために尽力されています。
陳さんは、ベッドの近くで一日のほとんどを過ごしていた認知症高齢者を、昼間は「リビング」で過ごせるようにしました。また、画一的に管理されていた生活から個別性に対応したケアへ、そして手続き記憶を生かしながら、できることは自分でやる、あるいはコミュニティの中で役割を持てるようにケア専門職の関わり方を変えました。そして何より入居者に対し、「認知症の困った人」ではなく「かけがえのない一人の人」として、その人の尊厳を保持することの大切さを根気強く伝え続けました。
その結果、施設ケアのオペレーションは徐々に変わり、認知症の人ときちんと向き合うことができるスタッフも育ってきました。

そのうち、二人の介護専門職が自分たちの経験を紹介してくれました。
二人とも最初は認知症に対する十分な知識がなく、相手を軽蔑したり、不安を感じたりしながらケアにあたっていたそうですが、陳さんから認知症のケアの方法を学びながら、確実に成長していきました。
介護拒否の多かった人が、昔の記憶からその人のスイッチを見つけた、あるいはその人の支えとなるものを再発見できたことで、関わり方が変わり、そして本来の元気を取り戻すことができたこと。
暴力的でコミュニケーションが難しかった人が、その人を想う気持ちを持ってケアを続けたことで、親子のような信頼関係が生まれ、穏やかな時間が過ごせるようになったこと。
これらの体験を通じて、二人はケアの仕事に誇りを感じることができた、と語ってくれました。
上海のケア専門職の多くは、高等教育を受けずに大人になっており、勉強ができること、そして人前でこのように発表する機会を持つこと自体も、とても特別な体験なのだそうです。このフォーラムは二人のモチベーションをさらに高める機会になったと思います。

 

フォーラムを終えて、NHKの取材を受けました。
「中国の認知症ケアは日本よりもかなり遅れていますが、変わると思いますか?」と問われ、僕は「きっと変わります。」とはっきりと答えました。
1年前に視察した施設では、認知症高齢者の多くは自分の部屋を出ることはなく、車いすで過ごす高齢者の多くは紐で身体を固定されていました。しかし、今年見せていただいた同じ現場では、高齢者はリビングや庭先で家族や同居者たちと楽しそうに時間を過ごし、多くの人が穏やかな表情をしていました。
ケアのプログラムも施設統一・管理中心のものから個別性の高いものに変更され、実際、個別化したケアを上手に提供できるケアスタッフも育っていました。
この日中の交流ブログラムは、確実に成果を上げているように感じました。

 

上海では介護保険は暫定的で、日本ほど充実したものはありません。
自費が中心のサービスですが、それでも現実的な価格帯で(日本でいえば特養の自費負担分+αくらいの費用で)サービスがきちんと回っている。所得水準の差こそあれ、地価は東京よりも高い上海。制度に縛られないオペレーションが、効果的な運営を可能にしているという側面もあるように感じました。
この施設運営(経営)面の創意工夫については、日本も学ぶべき点が多いように思います。

新しいテクノロジーの実装においては、明らかに日本よりも速い中国。
財源の裏打ちがないことが、逆にイノベーションを促進し、数年後は日本よりもずっと先を行っている、なんてことも起こるのかもしれません。

いずれにしても、中国の方々にとっては間違いなく有益なフォーラムになったと思いますし、僕ら日本チームにとっても非常に学びの多い上海滞在となりました。
貴重な機会を頂戴しました王青さん、陳奇さんはじめ、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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