松山は医療の先端地だった

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松山は在宅医療の先進地でした。

松山市医師会は、何と26年も前に「在宅医療推進委員会」を発足、20年前には地域の在宅医療リソースマップが完成し、病診連携の推進が始まっています。
15年前に在宅医の会、6年前には医科歯科合同在宅医の会がスタートし、松山市を5ブロック(人口10万人単位)に分けての病診多職種連携のための会(柏でいえば「顔の見える関係会議」)も継続的に開催されています。

在宅療養支援診療所は約60カ所。うち年間20人以上看取る在宅医療機関が約10か所。24時間の訪問看護ステーションが約50カ所。訪問歯科、訪問服薬指導に対応できる拠点もそれぞれ100カ所以上。

2015年には松山市在宅医療支援センターが設立、4人の専従職員(看護師・ソーシャルワーカー)がコーディネータとして配置され、市民・在宅医の双方への支援と、市内医療機関や多職種との連携機能を担っています。特に在宅医に対するサポート機能が強化されており、診療報酬で位置づけられていない医療機器の無料貸し出しなど、在宅医療を推進していくための意欲的な取り組みも行われています。
病院・在宅それぞれの循環器のドクターによる心不全パンデミックへの準備もスタートしていました。

センター長は、四国がんセンターの院長でもある谷水正人先生。松山は在宅医のレベルが高く、がんセンターの緩和ケア病棟は平均在院日数が1週間を切り、亡くなる前に退院する方も多く、登録している患者さんの大部分はそのまま在宅で亡くなっていくそうです。

在宅主治医不在時の副主治医によるバックアップ(主治医・副主治医制)や、専門医による在宅診療支援は、うまくいっていない地域が多いと思いますが、松山では在宅医療総合確保基金を活用し、この枠組みが(コスト体系も含め)システムとして構築され、しっかり機能していました。

僕を松山に呼んでくださったのは亀井敏光先生でした。
いつも在宅医のメーリングリストで熱い投稿を拝見していましたが、初めてお会いできました。

亀井先生は、在宅医療が診療報酬に位置づけられていない昭和50年代から往診に積極的に取り組まれ、現在も有床診療所を運営しながら、小児からがんまで、さまざまな方の在宅療養支援を担当されています。
地域の未来を真摯に見据え、数十年単位で在宅医療の仕組みづくりに尽力されてきた亀井先生。僕らが在宅医療専門クリニック、地域の医師会の中でどのような役割を果たすべきなのか、それを直接教えていただいたような気がしました。

貴重な機会を頂戴しました関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

これから東京に戻ります。
道後温泉に泊まったのに、結局、温泉に浸かることができなかったのだけが心残りです。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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