女性アスリートから学ぶ「低用量ピル」の積極的活用

カテゴリー 宗田聡0件のコメント

女性アスリートが潜在的に抱える問題

先日閉幕した平昌オリンピック・パラリンピック。日本人選手の活躍は本当に目覚ましく、私たちに大きな感動と勇気を与えてくれました。2年後の東京オリンピック、さらにその後の北京冬季オリンピックでのさらなる活躍に期待が膨らみます。特にスキーのジャンプやカーリング、スピードスケートなど女性アスリートの活躍は非常に素晴らしかったと思います。

ところで女性アスリートにとって、3つの大きな健康上の課題があることをご存知でしょうか。女性トップアスリートにおいては、「利用可能エネルギー不足」「無月経」「骨粗しょう症」を「女性アスリートの3主徴」と呼びます。
アスリートの競技力向上を図るため2001年に発足した国立スポーツ科学センター(JISS)が行った調査では、センターでメディカルチェックを受けた女性トップアスリート(代表選手および指定強化選手)683人のうち、無月経を含む月経周期異常のあるアスリートは約40%を占めることがわかりました。うち競技別に無月経の割合をみてみると、体操(75%)、新体操(40%)、フィギュアスケートなどの競技で高く、次いで陸上(長距離)、トライアスロン競技の順となり、体脂肪率が低くなる傾向にある審美系や持久系競技種目において無月経者が多くみられたのです。

またJISSを受診した10代の女性トップアスリート239名における疲労骨折の割合を調査したところ、月経が正常・不順のアスリートの発症率は11%であるのに対し、無月経のアスリートは38%であることが分かっています。疲労骨折は、骨粗鬆症が原因であることが強く示唆されます。

では、なぜ彼女たちにこのような問題が生じているのでしょうか。世界のスポーツ医学の発展で、こうした問題の原因はだいたいにおいて解明されていますので、順を追って説明します。

 

 エネルギー不足が引き起こす負のスパイラル

オリンピアンや強化指定選手になるような女性トップアスリートは、非常に激しいトレーニングを日常的に行います。当然エネルギーを大量に必要とします。しかし、先に挙げたような審美系や持久系競技においては、体重を抑えることも競技力向上の要素のひとつとして捉えられることが多く、食事制限などでエネルギー摂取を控える傾向があります。そのため、いきおいエネルギー消費量が摂取量を上回り、場合によっては日常生活に必要な最低限のエネルギーも確保できない状態になります。この状態が続くと、卵巣を刺激する脳からのホルモン分泌(黄体形成ホルモンなど) が低下するなど 、身体の諸機能に悪影響が起きると考えられています。

エネルギー不足が長期間続いた場合の悪影響としてまず挙げられるのが、無月経です。医学的にも「運動性無月経」と特に名付けられていますが、重症化や難治性が非常に懸念されているものです。そして、さらにこの無月経が続くと、いわゆる女性ホルモンのひとつ、卵巣から分泌される「エストロゲン」の分泌低下が起きてきます。エストロゲンは骨の代謝にも大きく関与するホルモンで、これが低下すると骨粗しょう症を発症する割合が高まってしまうのです(閉経した女性において骨粗しょう症発症の割合が高まるのもまったく同じ理由です)。
女性アスリートを悩ます「無月経」「骨粗しょう症」を引き起こす原因は、エネルギー不足から始まるこのような「負のスパイラル」だったというわけです。

 

実は海外では対策が認知されている

この負のスパイラルから抜け出すためには何が必要でしょうか。最も大切なのは、無理な食事制限でエネルギー不足となるのを防ぐことですが、すでに無月経となっている段階では、なんらかの医療的介入が必要になってきます。そのひとつが、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)を配合した女性ホルモン薬、低用量ピルの活用です。日本ではピルといえば避妊薬としての効能が強く知られている状況ですが、実際に日常の臨床現場では、子宮内膜症に伴う月経困難症(月経痛)や、機能性月経困難症の治療薬としてよく使われています。
低用量ピルを使うメリットや効用としては、月経血量を減らす、また月経痛を緩和する、などもあります。さらにホルモンを補充することによって、無月経が要因で引き起こされる骨粗しょう症発症の可能性低減も期待できます。副次的ではあるものの、アスリートにとって重要なものとして、月経周期をコントロールできることも大きなメリットでしょう。大事な試合に向けたコンディション調整のツールとして、低用量ピルを使うことができるのです。
こうしたメリットは欧米の女性アスリートの間では広く知られており、非常に活用されています。ある調査では、欧米のトップアスリートの83%が、低用量ピルを継続使用しているという数字が出ています。対して日本の女性トップアスリートは驚くほど低く、先ほどのJISSの調査でも、ロンドンオリンピックの時点で7%だそうです。この格差については、あの澤穂希さんも先日このサイトで語ってらっしゃいます。

3月8日の国際女性デーの企画記事ですが、チームメートが当たり前のように婦人科で健診を受け、ピルを避妊目的以外にも活用している姿を見て驚くと同時に、そのメリットを知り、活用するようになったことを話されています。

 

アスリート以外にも、知ってほしいメリット

澤さんが記事で話されたこと、そして日本のアスリートにいまだピルの活用が広まっていないという事実から、2つのことが言えると考えます。ひとつは低用量ピルについての理解を広める必要性です。避妊薬としてのピルの側面がこれまで強調され過ぎ、その他の効能があまりにも知られていません。また何故か副作用が強いものという、誤った認識も広く信じ込まれているようです。スポーツ医学の成果を正しく還元する一環として、啓発機会を増やしていかねばならないと思っています。

もうひとつは、これはアスリートだけの問題ではなく、一般の女性の方にも非常に関係のある話だということです。負のスパイラルについてお話ししましたが、無理な体重制限による無月経あるいは不順というのはトレーニングに限った話ではなく、何気に行っているダイエットについても同様に言えるのです。ただ単に体重を減らすだけのために食事制限をするのではなく、消費と摂取のバランス、また栄養のバランスに気をつけながら適切な食事をとることの大切さを理解していただけるように、我々専門家がもっと一般の女性に向けて発信して、食と健康の問題に取り組まなければならないと思っています。


avatar
茨城県出身。医師、医学博士。専門は産婦人科医(周産期医療、出生前診断、胎児医学、遺伝医学、メンタルヘルス、医療倫理、ITプライマリケア、医療IT、女性医学)。日本産婦人科学会認定医・指導医、臨床遺伝学認定医・指導医、認定産業医、アメリカ人類遺伝学会(ACMG)上級会員(Fellow)。
母校で講師として臨床医療・教育・研究に関わり、留学後には幅広い医療、特に女性の心とカラダの健康を総合的にサポートする医療を理想として、都内で都市型かかりつけ医のクリニックを開業。
日英論文多数、専門書(翻訳)執筆にも定評があります。
著書一覧はこちら
https://www.amazon.co.jp/宗田-聡/e/B005LN0EOI

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です