【和蘭陀徇行記➃】「正解」は、まだどこにもない

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

●看取り率100%=「よりよく生きながら、死の準備をする場所」
●安楽死を選択する入居者もいる
●自己決定の国だが、施設入居は家族の意思が優先されることも

フローレンスはデンハーグを中心にケアを提供する非営利法人。
3400人の職員と1700人のボランティアを擁し、8000人の在宅療養支援に加え、17カ所のナーシングホーム(日本でいう特別養護老人ホーム)・ケアホーム(日本でいう介護付き老人ホーム)に入居する1600人の生活を支えている。

今日、視察した「グルテンハウス」は、フローレンスが運営するナーシングホーム。200人のスタッフ・80人のボランティアが137人の入居者を支えている。建物は6階建ての「ビル」だが、ここも中庭は美しく、認知症の人は建物の外に一人で出ることはできないが、広い中庭は自由に出入りできる。
1階部分は地域の方も自由に使えるサービス施設(レストラン、プールバー(医師による制限がない限り、入居者にもアルコールが提供される)、美容室、ネイルサロン、売店などがある。売店は古い時代のオランダを彷彿とさせる内装になっていて、回顧療法の一環を担う。一階フロアは小さな街のようなつくりになっており、入居者にとって1階に来ることは「外出」という位置づけ。なので、みんな身だしなみを整えてくる。

ここでは年間50~80人が亡くなる。入居定員が137人ということを考えるとかなり多い。そして、ほとんどがここで看取りになる。運営責任者のBeukers氏は病院で亡くなる人がいるか?という質問に、「家で亡くなるのが普通でしょ?」と違和感を隠さない。食事量が落ちてくると、医師や家族も含め対応方針を検討する。老衰によるものという判断が共有できれば、積極的な栄養ケアはせずにそのまま自然に経過を見守る。年に1人程度、ここで安楽死を遂げる人もいるという。ちなみに医師は各フロアに1名ずつ配置されている。希望すれば点滴などの医療処置も可能ではあるとのこと。

別日に視察したナーシングホーム「リートフェルト」とは2つの違いがある。

 

●施設から「住まい」への脱皮

リートフェルトは新築だったが、グルテンハウスは古い建物。ここも運営のコンセプトは「すまい」だが、1964年の開設当時、ナーシングホームは「施設」だったので、その設えは住宅というよりは病院。1~2階のユーティリティフロアは快適にリノベーションされているが、居室フロアは病室そのもの。かつてはほとんどが多床室だったが、「自宅」は個室であるべきという考えに基づき、段階的に個室化が進められている。見学させていただいたリハビリフロアは大部分が二人部屋だったが、この夏からベッド数を減らし(30→21床)、全室個室に改装するという。旧来型施設の「すまい」への変遷のプロセスを見た気がした。

●医学モデルのサービスも提供

グルテンハウスは入居者の心身の機能や目的別に4つのケアをフロア別に提供、それぞれに定員がある(①認知症ケア60人、②身体障害(身体ケア主体)30人、③リハビリ30人、④ハンチントン病専門ケア17人)。基本的には、入居者に「すまい」を提供し、最期までQOLの高い生活が継続できることを目的としているが、③については回復期リハビリテーション病院あるいは老健のような機能を持っている。利用者は平均30日の入居期間(最大42日まで)でリハビリを行い、自宅に帰っていく。オランダでは年齢による区別はないので、入居者の中には20代、30代と思しき人もちらほら。また④ハンチントン病に対して専門的なケアが提供できることも特徴で、このフロアは3か月から1年の入居待ちがあるという。医療ニーズに対応すべく、建物の2階は医療フロアになっており、多職種の専門職がオフィスを構えるとともに、施設内で検体分析が可能な臨床検査センターも完備している。

●ここまで2日間のオランダのケアに対する印象

施設ではなく「自宅」として、高齢者の「生活」を支える。
この哲学に従って、施設の構造も機能も少しずつ変化してきていることを感じた。しかし、この二日間を通じて、オランダのケアも必ずしも理想を実現できているわけではないということもわかった。

「ここは施設ではなく『自宅』だ」と言ってみても、多くの入居者は、やはりもとの自分の家での生活継続を望む人が多い。自己決定が尊重される国だと聞いていたが、実際には家族の意向で望まぬ入居を強いられている人が少なくない。施設入居の条件は、在宅での24時間介護が必要な状態であること、そしてそれが家族の負担になってきたとき、家族の意思で入居が決まる。
オランダでも在宅ケアにおいては社会化の限界点が見えてきている。施設入居が拒否できない本人が納得するためには、施設を「自宅」にして、よりよい人生を送れるようにするしかない。

また、認知症ケアについては、明確なメソドロジーがあるわけではない。施設ごと、組織ごとにそれぞれのケアが提供されており、行政はそのアウトカムで評価をする。BPSDに対しては「個別のケア」というだけで、具体的にどのように対処しているのか明確な答えは得られていない。しかし、理想的に見えたケアファームは「徘徊する人、興奮しやすい人は入居の対象外」としていたし、2つのナーシングホームはいずれも入り口は閉鎖されていた。「ここは刑務所だ」と話す入居者もいた。
認知症ケアはどんな形が理想なのかわからない。しかし、日本で先進的な認知症ケアに取り組む人たちが目指している形とは少し違うのかもしれない、と思った。

ただ、終末期の意思決定支援については、オランダの自己決定を尊重する姿勢ははっきりしている。そして、死は生理的なもの、日常生活の延長線上にあるもので、医療の対象ではない、という明確なコンセンサスがある。ここは、1日も長く生きるための場所ではなく、よりよく生きながら死の準備をするための場所、Beukers氏はそう言った。「よりよく生きること」と「死の準備をすること」。2つの要素は、それぞれ他の要素を満たすための必須条件であるように感じた。日本の「人生の最終段階の支援」において足りないのは、やはり死を直視する覚悟なのかもしれない。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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