【和蘭陀徇行記➂】必要なのは「環境処方」?

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

●ケアする側もされる側も幸せになれる「ケアファーム」
●五感をフル活用しながら、自発的に身体が動く生活環境
●看取り率100%。心地よい「自分の居場所」で最期まで暮らせる

 

デイケアエリア。20人の高齢者が日中をここで過ごす
デイケアエリア。20人の高齢者が日中をここで過ごす

森に囲まれた美しい農場。
初めて訪問したケアファームは、とても心地よい空間だった。
ここは、2.5ヘクタールの農場と5ヘクタールの森林からなる、主に軽度から中等度の認知症の人を対象に住宅(48戸)とデイケアを提供している。

認知症ケアは、する側もされる側もストレス、というのが日本の一般的なイメージ。しかし、ここでは誰もが笑顔で、思い思いのペースで生活している。
「五感をフル活用しながら、自発的に自らの能力や役割を発揮できる環境」が認知症の人のウェルビーイングにとってもっとも効果的であるということが明らかになりつつあるが、農場での自給自足の生活は(田舎嫌いでない限りは)もっとも理想に近い選択肢の1つだ。
ここでは誰が認知症なのか、ご家族なのか、あるいはケアラーなのかがわからない。というよりも区別する必要もない。
人のふれあいが自然に生まれ、コミュニケーションが生まれ(言語が違ってもコミュニケーションがスムースにできてしまうのは認知症の人ならでは)、役割が生まれ、心地よい距離感を選択できる。そしてみんな満足に、最期まで暮らし続けられる。これ以上の何かが必要だろうか。

48人の住民と20人のデイケア利用者をサポートするのは、老人専門看護師を含む総勢50人のスタッフ。連携する老人病院からは老年科専門医が定期的に訪問し、健康管理を支援する。住宅提供を開始してから3年で14人が亡くなっているが、全員がここで看取られている。
「病院は治療する場所。認知症は治せるものではないのに病院に送るのはおかしい。生きている時間、できるだけ快適な環境で過ごせることが大切」と運営者ははっきりと言い切った。

 

●安心できる「自分の居場所」

別の住居エリア。ハト小屋が中庭に
別の住居エリア。ハト小屋が中庭に

48戸の住宅は3ブロック(16戸ずつ)に分かれる。
それぞれのブロックに1棟3戸の平屋が3~4棟、吹き抜けと暖炉のあるリビングを持つ2階建て1棟が広い中庭を囲むように建つ。それぞれのブロックの外側には牧場になっていて、小さな羊がのんびり草を食んでいる。
キッチン・トイレ・シャワーは各棟に1つずつ。個室は高いドア、高い天井、オランダの一般的な住宅の部屋のサイズ。好きなものを持ち込んでいいし、飼い猫や飼い犬を連れてきてもいい。お気に入りの鉢植えやガーデンファニチャーを持ってきてもいいし、思い出の薔薇や記念樹を庭先に移植してもいい。なかなか新しい家に馴染めない人のために、以前住んでいた「自宅のドアを持ってくる」人もいる(実際には実物大のドアの写真のプリントを部屋のドアに貼っているのだが)。
このような工夫を重ね、入居者は次第に「住民」になっていく。自分の家、そして自分の庭。中には、この家や庭を家族に相続させたい、と考える人もいるという(実際にはできないが)。この場所が、大切な自分の居場所だと思っている証拠なのかもしれない。

●自然に、自発的に身体が動く

中庭を囲んで日向ぼっこする女性たち
中庭を囲んで日向ぼっこする女性たち

当たり前のことを当たり前にやろうよ、というのがここのケアのコンセプトの1つ。
一緒に野菜を収穫し、一緒に料理し、一緒に食べて、一緒に片づけて、ごみを捨てに行く。子豚や子ヤギが生まれたら、みんなで森の中の牧場に会いに行く。どこかの国のように、身体を動かすことを目的化しない。あくまで生活の中で自然に身体が動く。
僕らも笑顔で歓迎してくれた。「今日はいい天気ね。私の庭にようこそ!」そう言って、ガーデンテーブルでのお茶会に誘ってくれて、気持ちよく一緒に写真に納まってくれて、ハグしてくれる。
いいなあ・・こういうの。

●多世代交流と認知症ケアの研究

ここでは農場や牧場を地域の子供たちにも開放している。子供と認知症の人のふれあいが自然に生まれ、子供たちは肌感覚で認知症を理解していくという。
また国からの研究資金供与を受け、ライデン大学と認知症ケアの共同研究も行っている。ケアファームの有用性を科学的に評価し、このケア形態の向上を図っていきたいという。

●日本でも本格的なケアファームをやりたい!

作業上に備え付けられていた普通の工具。オランダの高齢者はこういう作業をずっと自分たちでやってきているようだ
作業上に備え付けられていた普通の工具。オランダの高齢者はこういう作業をずっと自分たちでやってきているようだ

ここでは居心地のよい空間と良好な人間関係がある。自然の中で五感が刺激され、内発的な動機付けが生まれる生活環境がある。そして、最後は病院よりもここでの暮らしのほうが快適なはずだという運営者の哲学と適切な医療支援がある。
2.5ヘクタールの農地は簡単には確保できないかもしれないが、それ以外は、日本の現在の制度の中でも十分にできる。何かにつけて「日本人は農耕民族」なんてよく言われるが、もしそうなら、土や植物・動物とのふれあいは日本人にとっても穏やかさを取り戻すキーになるはず。

この後、もう1件、別のケアファームを見学させていただいたが、そこは農家の離れを改築したデイケアを提供していた。この場所も本当に心地よくて(Cozyという表現がぴったり!)、僕もここで暮らしたい!と本気で思ってしまった。

お向かいのトウモロコシ畑
お向かいのトウモロコシ畑

オランダいいなあ。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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