【和蘭陀徇行記②】Dignity and Pride

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

●最も重要なのは「誇りと尊厳(Dignity and Pride)」
●専門職は白衣を脱ぐ。そして「ケアする」のではなく「ともに暮らす」
●すまいの機能とは「安らげる」「守られている」「待っている人がいる」

 

「これは祖父が祖母にプロポーズしたときにプレゼントしたものなんだ。1,880年の作。博物館で聞こうと思うと10ユーロは取られるね」 そう笑いながら、グランドピアノのように磨き込まれたオルゴールの音色を聞かせてくれたのは84歳の男性。娘夫婦によればアルツハイマー型認知症なのだという。
「この棚にある小さなフクロウの置物は、妻が大好きで集めていたもの。」二羽のフクロウが抱き合うように重なった置物を手に取り、「こっちが妻で、こっちが僕」と話しながら、フォトフレームの女性が亡くなられた奥様であることを教えてくれた。
お気に入りの家具や絵画でコーディネートされた部屋は穏やかで完全なプライベート空間。天井まで届く大きな窓から中庭の木漏れ日が差し込み、満開のアジサイが美しい。ここで彼は、近隣住民、時おり訪れる家族、そして大切な思い出とともに暮らしている。

この彼の住まいは、ナーシングホーム「デ・ホフステー」の中にある。
8人がそれぞれの居室で暮らしながら、居心地のよいダイニング・キッチン、そしてトイレとシャワーを共有する。入居できるのは24時間介護の必要な認知症の人。しかし、ここではみんなで1週間の献立を考え、食材を買い、調理をし、一緒に食べて、片づける。掃除も、洗濯も、この8人のユニット単位で行う。リビングのインテリアもみんなで考え、予算の中で自由にデコレーションする。
各ユニットには日中、看護師が1人ずつ配置され、文字通り生活を共にする。そして「グループリーダー」として、それぞれの能力に応じた役割分担をコーディネートする。そして、住民たちは、ここで最期まで暮らし続ける。

ナーシングホームといえば日本でいえば特別養護老人ホームに相当する施設だが、ケアの形態はグループホームに近い。全体では196人の住民が暮らす大きな施設だが、セントラルキッチンやクリーニングサービスなどは入っていない。食事も掃除も生活の一部であり、そのプロセスを共有することこそが、楽しい生活、意味のある人生を考える上で重要だと考えられているからだ。大切なのは「生かされること」ではなく「生きること」。施設運営の面から考えると効率の悪いオペレーションだが、「何のためのケアなのか」を考えれば、合理的な判断と言えるのかもしれない。

そして、ここでは少人数のユニットごとに専門職を1人ずつ配置するという形式にこだわる。大人数を複数専門職でケアするスタイルは効率的かもしれないが、専門職間のコミュニケーションが必要になり、入居者に向き合う時間が少なくなってしまう。一人で目が届く範囲を、一人で、他の住民の力も借りながらケアする。これには、通常のケアの力だけでなく、ソーシャルワーク能力、そして料理などの生活能力、ユニットごとの予算をやりくりする経営能力も求められる。ここまでできると前出の「グループリーダー」として認定されることになる。もちろん一人でカバーしきれない部分も当然ある。ここでは、3ユニットごとに1人の看護師、そしてボランティアやインターンが配置されており(彼らもきちんとトレーニングと能力評価がされている)適宜、支援に入れる形になっている。

入居資格があるのは、24時間介護が必要などの理由で自宅での生活継続が困難になった人たち。オランダでは、自宅での生活支援の限界点が徐々に上がっており、ここでも年々、入居時の重症度が上がってきているという。
かつて4年を超えていたナーシングホームの平均入居期間はなんと8か月まで短縮!(オランダ全国平均)、そして基本的には全員がホーム内で看取られていく。ここでも約60人が毎年亡くなり、例外的なケースを除けば全員がここで看取られる。

プロジェクトマネージャーのボブさんは「ここは彼らの自宅、彼らが主人なんだから、何をしてもいい。彼らは僕ら(ケア提供者)のボスだし、僕らは彼らから仕事をもらっているんだ」と話す。この考え方は、僕にとってはかなり新鮮だった。
日本では施設運営者が入居を「許可」し、生活を「管理」することが一般的だ。しかし、ここでは入居者の望む生活が最優先であり、運営者はそのために自分たちが何をすべきかを考える。「ケアしてあげる」のではない。「一緒に生活をする」のだ。パーソンセンタードケアなどという前に、まずは施設が何のために存在するのか、という哲学が非常に明確だった。

ボブさんの話で印象的だったのは2つある。

1つは「住まいとは、そこで安らげること、安全だと思えること、そして待っている人がいること」。安らげる空間を作るのは簡単かもしれない。しかし、安全を管理するのではなく「ここは安全だ」と本人が思えること、そして「誰かが待ってくれている」と思えることは簡単ではない。

そしてもう1つは「もっとも重要なのはDignity and Pride(誇りと尊厳)。」
ボブさんが最後に教えてくれた言葉。オランダは、認知症国家戦略において、認知症ケアの質を向上するために360万ユーロの予算を計上している。それは、人生の最終段階においても、自己決定が尊重されるということなのだ。

デ・ホフステーではこれまで①よいケア(Good Care)②よい施設(Institution)③アクティビティ(Activity)の3つにフォーカスしてきた。しかし数十年かけて①意味のある人生(Meaningful days)②納得できる生活(Pleasant Living)③よいケア(Good Care)と優先順位を変化させてきたという。
ボブさんは文化を変えることの大変さもまた教えてくれた。しかし、明確な使命とビジョンがあれば、それは可能になるとも。

 

優先順位が変わればケアのあり方も変わる。
「僕の部屋を見に来るかい?」帰り際に、もう一度、そう声をかけてくれた84歳の男性と握手をしながら、日本はまだこの変化の入り口にいるのかもしれないと感じた。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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