【印度徇行記②】「格差」がもたらしたもの

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

多くの国では「所得格差」が、ケアという業務の提供を可能にしている。

上海や北京では、都市に暮らす資産家や高額所得者の生活を地方出身者が支えている。台湾では、インドネシアやベトナムからの介護労働者を相対的に低い人件費で受け入れている。ソウルのケアの現場でも(移民労働者は受け入れていないはずだが)特例で入国したChinese Koreanと言われる韓国系中国人たちが無視できない存在感を発揮している。フランスやオランダでも、介護施設の現場で働いているのは中東や東欧からの移民やアフリカ系の住民たちが中心だった。

ムンバイでも、ケアの利用者は中間層以上、そしてケアの提供者は中間層以下。
しかし、僕はこれを悪だとは思わなかった。

ケアの利用者たちは、家族が時間的に不可能な生活支援、そして能力的に不可能な専門的ケア・医療的ケアを安心して委ねることができる。訪問した2件は、いずれもよい状態でケアされていたし、それにより、家族も海外で安心して働き続けることができ、あるいは病院から自宅に医療依存度の高い患者を連れ戻すことができている。

ケアの提供者たちは、ケアを提供するために必要な教育と研修を受け、そして認証されて初めて収入を得ることができるようになる。さらに仕事の質(利用者からのフィードバック)や内容、そして業務時間によって収入を増やすことができる。それは彼らの自信と意欲、生活の質の向上に確実につながっていく。これは弱者からの搾取ではなく、就労支援なのだと感じた。この仕事は口コミで広がり、オフィスにはこの仕事に就きたいたくさんの若者たちが連日登録に訪れていた。

ここで半年間働いているというある介護職から直接話を聞いた。
彼は20代。大学教育を途中でドロップアウトし、無職だったが、ケアの仕事を始めて、収入を得られるようになったばかりではなく、多くの利用者や家族との交流から多くの学びを得ていると。そして、高齢の利用者からのアドバイスで彼は大学に戻るべく、再び勉強を始めているという。そんな彼はこの仕事が好きだ、と言う。

少なくとも、中間層以上については、民間サービスによって、ニーズに応じたケアが提供できる体制になりつつあることを知った。しかし、インドに限らず、貧困層のケアを民間企業が担うのはやはり厳しい。ここは社会福祉の役割なのだと思う。

インドでは前回書いた通り、政府の病院は原則無料。さらにかなり高度な医療も提供されている。多くの患者が殺到し、必要なタイミングで必要な医療が迅速に提供できてきるわけではない。僕らが訪問したJJ Hospitalも廊下まで患者が溢れ、各セクターの受付には長蛇の列ができていた。しかし、大都市部における医療アクセスは悪くない。また、薬剤の成分特許が認められないインドでは、ジェネリック医薬品が大量に供給されており、薬剤費は非常に安い。

ケアの部分は、チャリティが主体になっている。しかし、インド国内だけでも数多くのチャリティ団体が活動し、支援の必要な独居高齢者は、衣食住を無償で提供されている。高齢者住宅での生活は自立支援が基本。できることは自分でやりつつ、入居者同士で助け合い、そして専門的なケアが必要になったら、必要な支援を受け、最期まで暮らし続けることができる。僕らが視察した施設では、週に1度、GPと精神科医が施設を訪問、2人の看護師・18人のスタッフが常駐し、66人の高齢者の生活を支えていた。

仕事に対する考え方、家や家族に対する考え方、そして今なお残るカーストの慣習や差別、多宗教に基づく多様な価値観。日本の「平等」や「和」という価値観が相容れない社会において、インドはインドの最適解を求めているように感じた。そして、インドの若者たちが自分たちの国の社会ニーズに応えようと動き出していること、彼らが謙虚に日本の経験から学ぼうとしていることを純粋に応援したいと思った。

日本では、要介護高齢者と介護職、それぞれの生活レベルに、前出の国々ほどの大きな格差がない。
ケアする側の生活を、ケアされる側が支える、というモデルは(個別のケースを除けば)成り立ちにくいのではないかと思う。だからこそ、介護保険制度が効果的に機能している。

しかし、介護保険だけで生活を支えることはできない。介護保険でカバーできないニーズに対しては、近似するサービスの組み合わせで対応しようとしているが、これは要介護高齢者にとっても介護職にとっても幸せな形ではないし、費用対効果も低い。しかし、制度として運用していく上では一定のルールも必要になる。このあたりが介護保険の限界なのではないかと感じる。その意味で、今後、日本でも混合介護、あるいは完全な自費介護というのは一定の割合で求められていくのではないだろうか。

単価が高くても費用対効果の高いサービス、満足度の高いサービスを選択したい、という段階の世代は少なくないと思うし、優秀な介護職を指名したい、という人も増えてくるだろう。能力の高い介護職は高収入を得られるようになると思うし、さらに自己研鑽の意欲も高くなるのではないだろうか。これは介護の仕事を魅力的なものにする1つの要素になり得ると思う。

もちろん、介護の自由化は、社会のセーフティネットとしての「介護」がきちんと機能していることが前提になる。必要な人に必要なケアをきちんと届けること。そのための方法論が介護保険制度の充実であるのであれば、国民には財源確保のための経済的負担という覚悟が求められる。

いろいろな選択肢を組み合わせながら、僕たちも自分たちの最適解を考えていきたいと思う。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。