ゼロリスクを叫ぶ人々へ

佐々木淳
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リスクは選択するもの、ゼロにはできない。
これは、在宅医療(訪問診療)の中で、僕が繰り返し患者さんやご家族、介護事業者に説明していることだ。

転倒・骨折を恐れて動かさなければ、短期的には骨折は減るかもしれない。しかし、中長期的には筋力低下と骨粗鬆症が進行し、転倒・骨折のリスクはむしろ増えるだろう。

誤嚥を恐れて、食形態を落とせば、短期的にはムセは減るかもしれない。しかし、実力以上に食形態を落としてしまうと、中長期的にはオーラルフレイルが進行し、窒息や誤嚥性肺炎のリスクはむしろ増えるだろう。

一つのリスクを避けようとすれば、新たなリスクが発生する。
生活を続けていく以上、リスクをゼロにするというのはあり得ないのだ。
私たちにできることはリスクの「選択」。
そして、リスクを選択するということが、生き方を選択する、ということなのだと思う。

受験にしても、職業選択にしても、資産形成にしても、基本的にはすべてリスクの選択だ。食事制限や運動をするかしないか、喫煙や飲酒を中止するか継続するか、健康管理だって例外ではない。新型コロナウィルス対策においても、同様のことがいえる。

軽症者へのPCR検査を制限すれば、病気の早期発見ができない可能性がある。しかし、検査を実施すれば、陽性者が入院病床を占拠し、重症者の対応ができなくなることは他の感染症パンデミックでも経験しているし、実際、現在の韓国ではそうなっている。

もともとマスクが大好きな日本国民。予防効果がないと公的機関が繰り返しても、みんなマスクを購入するために最大限の努力をしている。その結果、医療機関や介護施設ではマスクの確保が困難となり、適切な医療やケアが提供できないリスクが高まっている。

医療者自身が感染から身を守ることは非常に重要なことだ。しかし、過度に恐れるあまり、発熱者の診療を拒絶する医療機関も出てきている。高齢者の発熱の99%以上はおそらく新型コロナウィルス感染症ではない。肺炎や腎盂腎炎、インフルエンザなどのその他のより死亡率の高い病気の診断と治療の機会がきちんと行われないのは、非常に大きなリスクだ。

学校を休校にすれば、学校内での集団感染(クラスター)は予防できる可能性がある。しかし、保護者の負担が増大し、経済活動が停滞する可能性がある。また、学校外での子供たちの行動はコントロールできない。別の場所での感染のリスクは高まる。

同様にデイサービスの利用を自粛すれば、利用者間の集団感染のリスクは減らせる。しかし、外出やリハビリ、入浴の機会が減少することは、要介護高齢者の心身の機能や生活の質を低下させる。介護家族の負担は増大し、在宅生活が破綻するリスクが生じる。小規模事業者は事業継続が困難になり、将来のサービス提供者が不足することになるかもしれない。

イベントの自粛も、日常生活の活動の制限も、集団感染のリスクを下げる。しかし、第三次産業へのダメージは非常に大きい。経済活動が停滞し、収入が減少すれば、当然、生活の継続、場合によっては生命維持にリスクが生じる世帯もあるはずだ。

韓国や中国のように患者の絶対数が多い国からの入国制限は、感染しているかもしれない外国人の入国を抑制するという意味では、現段階ではまだ有効だという専門家は多い。しかし、ヨーロッパの国々でも感染者は増えている。同じ基準で入国制限をかけていけば、近い将来、鎖国状態になってしまわないか。これは経済面ではかなり厳しい状況を生み出すのではないか。

 

どの選択がより安全で、より合理的なのか。
大切なのは、リスクをゼロにしろという要求は、もともと不可能だということ。
どのリスクが、自分たちにとってより受け入れやすいのか、ということだ。

こんな時のメディアの使命は、不安と恐怖をあおって視聴率を稼ぐことではなく、国民が冷静に状況判断できるよう、正しい知識を伝えることだ。
適切でわかりやすい情報こそが最強のワクチンだ。

いま報道すべきは、もはや感染者の人数ではない。
明らかになってきた感染予防のための注意点、感染した時にリスクの高い人たち(感染から守らなければならない人たち)、感染した後の経過に対する冷静な説明(特に死亡率含め他の疾患との比較も必要!)、そして、ここから先どうなっていくのか。

物知り顔のタレントや「感染症に詳しい先生」方の多くは、事実と解釈を混同し、国民を混乱させている。
本物の感染症や公衆衛生の専門家の意見をきちんと伝えてほしい。
都合のよいところを切り貼りしてホラーストーリーや陰謀論を夢想している時間があったら、どうしたら真実がきちんと伝わるかを考えてほしい。

いま一番やってはいけないことは、個々の不具合をいちいち政権批判や個人攻撃につなげることだ。誰が政権にいたって、誰が判断するにしたって、いずれかのリスクを選択せざるを得ないのだ。批判を恐れて「選択をしない」という選択が最悪だ。

どのリスクを選択すべきか、徐々に集まりつつある新型コロナウィルスに関するファクトを並べて、みんなで冷静に議論すべき時だ。
みんな立場が違う。選択によって損をする人が違う。全員が納得できる選択はできない。だからこそ政治のリーダーシップが必要になる。
そして、どの選択がもっとも合理的「だったのか」は、未来になってみなければわからない。

現在の日本の選択は、いずれも感染拡大のリスクを下げるために一定の意味があると僕は思う。もちろん、それによって別のリスクも生じている。だとすれば、議論すべきは、その新たなリスクに対する対策だ。

PCR検査については合理的な着地点に落ち着いたと思う。実施できる医療機関をどこまで広げるかという議論は残るが、重症者を中心に、医師が適応を判断するというのは、感染症と戦い慣れた国々も同様の判断をしている。そして、現段階では、日本には重症者に対する受け入れの余力はまだ残されている。

医療機関や介護施設の資源不足にも、一定のめどがつきつつある。今回の一件で公衆衛生に関わる資材の生産を海外に依存することのリスクも明確になったと思う。十分な備蓄に加えて、国内での生産能力の確保は検討すべきなのかもしれない。

休校や介護施設の閉鎖、イベントの自粛などで生じた就業機会・収入機会の損失に伴う経済的影響についてはきちんと補完する必要があると思う。新型コロナウィルス感染症の対策は、私たちの生活や生命を守るためのもの。そのために生活や生命が脅かされることになってしまっては本末転倒だ。非正規雇用されている人も含め、これまでの所得を一定期間保証しなければ、新型コロナウィルス感染症関連死が一桁以上増えてしまうかもしれない。

私たちは、予防効果はないという専門家の意見を無視して盲目的にマスクを買い漁り、医療機関や介護施設の機能を危機に晒してしまう。
毎年10000人が罹患し、3000人が亡くなる子宮頸がんを確実に予防できるワクチンには無関心なくせに、「新型風邪」に対するワクチンの声高に要求してしまう。
そして、マスクをしながら喫煙所に入り、感染リスクの最も高い狭く密閉された空間で手を洗わずにタバコを吸う。そこで喫煙より数桁リスクの少ない新型コロナウィルスに対して政府の無策を嘆くのだ。そしてそういう人に限って選挙権を行使していなかったりする。

私たちの人生はリスクの選択。
自分の人生にとって本当のリスクは何か。
どのリスクを選択するのが自分にとって最も納得できるのか。

外出を自粛し、じっくりと考えてみる良い機会なのかもしれない。

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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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