【和蘭陀徇行記➄】専門医が語る現地の「安楽死」

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

●オランダでも安楽死は「合法」ではない
●年間6000人以上が安楽死を選択
●緩和ケアの充実なくして安楽死はない

Yvonne Ingen医師は、オランダの政策決定にも関わる老年病・緩和ケアの専門医。
今日の午前中は彼女の勤務するホスピスを訪問し、オランダにおける安楽死と緩和ケアについてお話を伺った。

■オランダにおける安楽死

オランダでは、安楽死を選択する人は年々増えており、昨年は6585人が安楽死を選択した。1700万人というオランダの人口を考えるとかなり多い(日本の人口で単純換算すると約5万人ということになる)。
この安楽死は、実はオランダにおいては、医療としては認められていないし、「合法」でもない。殺人または殺人幇助という刑法に規定された犯罪である。ただ、下記の6つ(4+2)の法的クライテリアを満たせば追訴はされないということらしい(実際、クライテリアを満たさずに医師が訴追されるケースも年4~5件あるという)。

【安楽死で満たすべき6クライテリア】
①患者の自由意思に基づくリクエストであること
②患者に耐え難く、解決し難い苦痛があること
③患者が状況を正しく理解できていること
④治療法がないこと

この4クライテリアは、家庭医と患者の関係に基づく。
オランダでは国民は家庭医を持つことが義務付けられているが、家庭医は患者・家族と強い信頼関係があり、生活歴を含め患者のことをよく理解できているので、ここで繰り返ししっかりと話し合うのだという。そして、この段階で安楽死を選択するということで合意しても、すべてが遂行されるわけではない。

⑤SCEN-MD(スキャンドクター)によるコンサルテーション
SCENとは”Support/Consult/Euthanasia Netherlands”の頭文字をとったもの。SCENドクターは安楽死に関して特別なトレーニングを受けた医師で、家庭医とのコンサルテーション及び患者の既往や生活歴を把握した上で患者との面談(対話)も行い、上記4クライテリアを評価、安楽死を選択すべきか否かも含めGPにアドバイスする。

⑥安楽死の実行
上記の5つのクライテリアを満たすと、安楽死が実行される。安楽死を実行するからには「確実に死に至る」ことが求められる。方法としては本人による内服、医師による注射の2つの方法がある(具体的な薬剤名や用量まで教えてもらったが、一応ここでは非公開)。インゲン医師は、安楽死は本人の意思で行うものなので、本人の内服によるものが望ましいと考えているという。また、遂行された安楽死については、評価が行われ、不適切な事例は、当然訴追の対象となる。

患者を死なせるという判断は医師にとっては極めて重く、当然躊躇する家庭医も多い。特にカトリックの医師は安楽死に合意しない。家庭医が安楽死のプロセスに協力してくれない場合、「エンドオブライフクリニック」というネットワークに所属する医師たちが支援する仕組みができている。これは安楽死のエクスパートセンターという位置づけで、インゲン医師はこのネットワークの創設に関わったメンバーの一人だ。このネットワークは殺人集団などと揶揄されたこともあるが、決して安楽死を推奨しているわけではない。家庭医が背負う意思決定支援の責任の重さを分担するとともに、家庭医に安楽死のプロセスを、経験を通じて学んでもらうことを目的としている。このネットワークが関わるケースの絶対数は増えてきているという。

ちなみに安楽死を選択するのはがんの人だけではない。中枢神経疾患、心肺疾患に加え、フレイル(多疾患複合要因)や認知症の人も含まれている。安楽死の86%は家庭医によって実施されているが、老人病専門医(ナーシングホームなど)、病院の他、前出のエンドオブライフクリニックの医師による実施件数も増えている。

■オランダで安楽死が可能な理由

非合法であるにも関わらずオランダで安楽死という選択が広がっているのには2つの理由があると感じた。

1つは、患者の意思が明確であること。これは自己決定を重んじる文化に加え、家庭医の存在が大きい。患者や家族と信頼関係にある家庭医が、本人の人生観や生活歴を理解し、経過の見通しを共有した上で丁寧に対話を重ねていけば、納得の上で意思決定ができるだろう。
残念ながら日本では、家族による本人への告知の拒否など、患者自身が意思決定権者になれないことが少なくない。また、このようなテーマに時間をかけて何度でも向き合ってくれるドクターは、在宅緩和ケア医くらいだろう。安楽死はしたものの、それがベストの選択だと確信がもてなければ、本人も家族もハッピーにはなれない。

もう1つは、安楽死以外の緩和ケアの選択肢が充実していること。自らもホスピスで緩和ケア医として働くインゲン医師は、オランダにおける緩和ケアは4つのコンセプトからなるという。

①緩和ケアは医療ではない。CureではなくQOLにフォーカスする。
②死は正常なものであり、急ぐべきものでも、遅らせるべきものでもない。
③スピリチュアルペインを含め苦痛の緩和(身体的・精神的・社会的・霊的)は確実に行う。
④家族の悲嘆に対しても注意を払う。

緩和ケアは「死ぬまでの時間を過ごしている」患者に、対話を通じて「意味のある人生を作ろう」と価値観の転換を働きかける。そのためには多職種のチームケア体制、確実な症状コントロール、積極的な取り組み(Proactive approach)、創造的な思考が求められる。インゲン医師は、フランスの外科医、Ambroise Pareの言葉 “To Cure Sometimes, Relieve Often and Care Always” を引用しながら、緩和ケア医としてのコンセプトを説明してくれた。
オランダの緩和ケアはガイドラインに従って提供される。通常の緩和医療的措置はもちろん、沈静(Palliative Sedation)、フレイルの高齢者に対する蘇生措置について、ICDやペースメーカーの停止、終末期の患者や高齢者が自らの意思で食事や水分の摂取を停止すること(STED)についても、ガイドラインが整備されている。

日本では、適切な緩和ケアが提供されていない患者が少なくない。ガイドラインも未整備で、生命予後を短縮する可能性のある医療措置については、いまだに十分な議論すらできていない。本人も医療者も介護者も悩みながら、誰も望まぬケアを提供している、ということも起こっている。
日本でも少数ながら安楽死を制度化すべきという声があるが、それ以前に取り組まなければならないことがたくさんある。

ちなみにインゲン医師は、安楽死という選択肢が存在することは必要だとしながらも、患者の「死にたい」という言葉が、本当のニーズなのかどうか、しっかり見極めなければならない、とはっきりと言った。皆に迷惑をかけたくない、あるいは孤独で生きている意味がわからない、これらは、「そう思わせている社会を治療すべき」あって、本人が死ぬことで解決する問題ではない。
優先すべきは安楽死ではなく、ケアの充実であり、社会的処方も含め、生きていることの価値を実感できる支援を実践できることがより重要だと締めくくられた。

見学させていただいたホスピスの入院(入所)患者は9人。もちろん全個室。常時2名の看護師が配置されている。食事は個々の入居者の病状や好みに応じて準備されるが、担当していたのは栄養士のボランティア。ここも多くのボランティアたちによって運営が支えられている。
ホスピスには原疾患に関係なく入院(入居)できる。平均在院日数は21日。日本ではがんとエイズの患者しか緩和ケア病棟を利用できないという状況に対し「それは差別だ。あなたたちは改善のために戦うべきだ」と。確かにその通りだと思った。

施設はユリノキの巨木に囲まれ、大きなステンドグラスから差し込む光で彩られたホールは、定員が9人とは思えないほど広い。ここではちょうど同日、亡くなられた入居者の「告別式」が行われていた。

安楽死が許されるというのは、社会的支援を含む充実した緩和ケアが提供できているということの証。
エンドオブライフケアにこれだけの投資が許されるこの国に真の豊かさを見たような気がした。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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