年末年始の帰省時にこそ「人生会議」を!

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「人生会議」って何?

 

脳梗塞や脳出血、大動脈解離や心筋梗塞などで命の危険が迫った時、事故などで意識不明の重態から意識が戻らないかも知れないような時、または、自分でいろいろな判断が難しくなった高齢の人の余命がわずかとなった時などには、本人の意思はわからないので、家族にどのような治療をするか選択してもらうことになります。

急に「死ぬかも知れない」と言われても受け止めることは難しく、どうしても家族は1分、1秒でも長く生きて欲しい…と願うのは当然だと思います。

しかし、その家族の選択によって、意識がないままたくさんの管がつながれて多くの機械に依存した状態になったり、むくみで変わり果てた姿になったり…といわゆる「延命治療」によって、医療者からみて「意識があったら、本人はこの治療を望んだだろうか?」「本人にとってこれが満足のいく最期だったのだろうか?」と考えてしまうようなことがよくあります。

このように、人生の最終段階、つまり、死が差し迫った時に、本人が意思決定ができない状態や意思決定能力が低下している状態になった場合に、前もってそうなった時にどういう治療を望むのかを、家族など他の誰かと話しておくことは、本人が望んだ治療、望んだ最期を迎えられるようにするためにとても大切です。

海外ではこのことを「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼び、厚生労働省は「自らが望む人生の最終段階における医療・ケアについて、前もって考え、医療・ケアチーム等と繰り返し話し合い共有する取り組み」と定義して普及・啓発をすすめていましたが「ACP」という呼び名ではなかなか広がりませんでした。

そこで、「ACP」では何のことだか伝わらないので、理解が深まるような愛称を決めよう!ということで、厚生労働省が愛称を募集し、2018年11月30日にその愛称が「人生会議」となりました。愛称を考えた須藤麻友さんは、聖隷浜松病院の集中治療室の看護師です。

応募者の想いとして「今回愛称を応募したのは、常日頃から医療従事者として大切なのは『患者さんが満足のいく治療や最期を迎えられたかどうか』だと思っていたからです。私は集中治療室で勤務する中で、患者さんともっと終末期における希望を話しておけたら、と思うことがあります。また、医療従事者とだけでなく、家族会議や食卓の場など、身近な場面でも話し合えるくらい浸透して欲しいという強い思いから『人生会議』という愛称をつけました。『縁起でもないこと』と避けるのではなく、『人は皆いつか亡くなる』ということを受け止め、終末期だけでなく、事故などで急に自分が意思表示出来なくなった時に周りの大事な人達が混乱しないようにということも想定して、元気なうちからもしもの時のことについて考えることが根付き、自分の望む最期が迎えられるようになって欲しいと願っています。」と話しています。

 

(厚生労働省ホームページより)

 

遠方に住む家族症候群

私が日々の診療の中で感じていたことが書かれた、同じようなな3つの記事を見つけたのでご紹介します。

1.「東京にいる息子症候群」(2018年2月、日本緩和医療学会ニューズレター 東北大学病院 緩和医療科 田上恵太先生)

 

2.「東京の息子シンドローム」(2017年5月29日、西日本新聞)

 

3.「延命治療」を親に強いるのは圧倒的に50代の息子が多い理由(2017年9月22日、ダイヤモンドオンライン、めぐみ在宅クリニック 小沢竹俊先生へのインタビュー記事)

 

3つの記事の共通した内容を抜粋すると…

 

・高齢な家族が急に具合が悪くなった時に、普段の様子や目の前でどれだけ具合が悪い状態かがわかる家族は、状況や本人の希望にそった判断ができる場合が多いが、遠くに暮らす家族は、本人の希望や近くに住む家族の意に反した延命治療を望むことが多い。
  
・その理由としては「本人にとっての幸せよりも、延命治療して長生きさせることで自分は最善を尽くしたという、やりきった感が得たい」「離れて住むが故に支援はできなくても家族の責任は果たしたい想いが強い」「病気を抱える高齢の親を家に放っている不肖の子供と周囲の人々に思われたくない。大きな病院に入院させてあげている孝行な子供と思われたい」(記事より抜粋)など…そういう判断をしやすいのは「遠方に住む息子」が多い。
   

ということです。1は東北、2は九州の人が書いた記事で、「東京にいる息子症候群」「東京の息子シンドローム」と全く一般化されていない言葉にもかかわらず、同様の表現をされていることや、1の記事の中にもあるように「カリフォルニアからの娘症候群」と海外でも似たような言葉があるのはとても面白いなぁと思いました。

実際は、東京に限らず、遠方に住む家族がその傾向にあるのは日々の実感としてあります。
より一般化して「遠方に住む家族症候群」と名付けてもよいのかもしれません。

年齢や本人の希望に関わらず「救急車で病院に来られたら全力で救命する」が病院の使命です。
たとえそれが、本人が望まない治療であっても。
だからこそ、前もって「万が一」の時にどうしたいかを、家族と話し合っておいて欲しいのです。

 

暗い話ではなく、その人らしい「人生の物語の最期」

 

「人生会議」の選定委員でもある紅谷 浩之先生の言葉です。

どこで死にたいか、病気になった時どうしたいか。
そんな暗い話ばっかりしなくてもいい。
何が好きか、何を大切にしているのか。
みんなで写真を撮るのもいいですね。
笑顔で、いろんな話をする。構えなくていい。
でも恥ずかしがらず自分の思っていることを、大切な人とシェアする。
そんな気軽な会議でいいんです。

 

また、命名者の須藤さんの言葉です。

医療従事者とだけでなく、家族会議や食卓の場など、身近な場面でも話し合えるくらい浸透して欲しいという強い思いから「人生会議」という愛称をつけました。

 

「死」という別れは残された家族にとって悲しいものです。

しかし何を大切にしていた人だったか、どんな人だったのか、その人らしい最期を選択することは、亡くなっていく人のためだけではなく、残された家族が亡くなっていく人の望みを叶えてあげられた..という、悲しみの中のわずかな癒しにもつながるのではないでしょうか。

家族にとっても「よかった」と思える最期になるような治療をしたい…と医療者も考えています。

年末年始は、遠くに住む家族に会うことが多い「人生会議」をするとてもいい機会だと思います。
今年亡くなった人(有名人)の話題からでもいいし、誰かの病気の話題からでも構いません。

年末年始の帰省時にこそ、「人生会議」を!

紅谷 浩之先生が理事長をつとめる「オレンジホームケアクリニック」のYoutubeチャンネルより—-「人生会議」しよう。


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聖隷浜松病院心臓血管外科医長

2000年熊本大学医学部卒業
同年東京女子医科大学日本心臓血圧研究所心臓血管外科入局。中野佼成病院、聖隷浜松病院、富山県立中央病院、京都府立医科大学、東京女子医科大学。2018年1月~現職
専門医資格:心臓血管外科専門医、外科専門医、循環器専門医
著書:『こどもの心臓病と手術』

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