『壁』を作っているのは誰なのか — ある患者さんを思い出す

佐々木淳
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以前、外来診療していた足立区の地域の病院で。
土砂降りの夕方でした。

ぼろぼろの格好で、真っ黒い顔をして、強い臭気を漂わせながら診察室に入ってきた60代の男性がいました。

寝ていると息苦しさで目が覚めると。診察所見から心不全と診断し、入院が必要と勧めましたが、本人は頑なに拒否しました。保険証はなく、生活保護もなく、診察以外に検査は一切拒否されました。福祉の手続きを提案しましたが、それには答えることなく、2週間分の利尿剤だけを手に帰っていきました。必ず再診するよう伝えましたが、彼の姿をその後見ることはありませんでした。

きっと来ないんじゃないだろうか。
そう、心のどこかで思っている自分がいました。
それでも、彼がどこに帰っていくのか、それを詮索しようともしませんでした。

湿度の高い待合室では迷惑そうな顔をした患者さんたち、医事課の職員が苦い表情で消臭剤をスプレーし、彼が腰かけていた長椅子を消毒していました。僕はただそれを眺めていました。

自費で病院を受診する、それが彼にとってどれほどの決意だったのか、今思うと胸が苦しくなります。あの時、自分の行動がもう少し違っていたら。このことを思い出すたびに自身の情けなさ、不甲斐なさに今更ながら涙が出ます。

お膳立てされた課題の中から、都合のよい案件だけを選び出し、自分にとって快適な環境に相手を適合させ、相手を丸裸にした上で、医療という価値観に従わせる。
日本の医療は、Narrativeだ、支える医療だ、などと自称している在宅医療においても、根本的にはこの行動パターンから抜け出せていないような気がします。

経済力、生活力、社会適応力がなければ野垂れ死にしても仕方ない。
そんな気持ちを、みんな心のどこかにもっていないだろうか。
そんな心のバリアが、彼らが支えを求めない(求められない)大きな要因なんじゃないだろうか。
自戒を込めつつ、そんなことを思いました。

誰もが健康に暮らせる権利があるし、人間の「コミュニティ」はそのためにあるはずです。社会的な弱者が生まれるのは、彼らだけの責任ではなく、弱者を生んでしまう社会の責任。
そんなことはずっと前に明らかにされているのに、いまだに変わらない私たちの考え方。

だれもがコミュニティの運営に何らかの形で関わりながら、コミュニティに生かされている。社会の仕組みやルールだけの問題ではない。社会を構成している一人ひとりの意識を変えていくためにどうすればいいのか。
考えているだけではダメなのは明らかなのですが。

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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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佐々木淳
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