【上海徇行記⑤】そこにあるのは「日式介護」だった

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最終日の朝、訪問したのは上海市内で訪問看護・介護を中心に居宅系サービスを展開する福寿康。

福寿康のWebサイト
福寿康のWebサイト

経営者の張軍さんは1980年生まれ。2004年に九州大学MBA、その後、日本の流通企業を経て麻生グループに入社。そこで介護を学ぶ。31歳のときに6人で起業。介護保険の開始もあり、事業は急速に成長。現在、1120人の社員を抱える大きな介護事業会社に急成長した。資本金1000万円でスタートしたが、その後ベンチャーキャピタルから2度の追加資金調達をしているという。現在、毎月150人の新入社員を迎え、上海市内10000人の高齢者に5つの在宅サービスを提供している。

①訪問看護(介護)

上海では2013年から訪問看護(介護)の仕組みができたが、その翌年に参入。現在、上海市内の主たる区に拠点を配置、12ステーションでサービス提供中。年末までに31ステーションになるという。
上海では介護保険で身体介護+看護の42項目が設定されている。うち15項目は看護師のみ提供可能なもの。日本のように生活支援は介護保険の対象とならない。福寿康では、訪問看護ステーションを通じて訪問看護・介護を提供している。ちなみに、現在、介護だけの訪問サービス(訪問介護単体)はいまのところ存在しない。

②デイサービス

公定価格で補助金に依存するモデルが一般的であるが、福寿康ではナースステーションに併設させるモデルを開発。現在10カ所を運営している。
送迎のない上海のデイサービスでは比較的元気な高齢者への食事提供+αが一般的だが、福寿康では要介護者を多く受け入れ、リハビリの機能を強化することで差別化している。

③小規模多機能型居宅介護支援事業所

現在、市内に5カ所を運営中。
宿泊については3か月から6か月のショートステイ・ミドルステイも受け入れており、主にリハビリを提供している。

④訪問入浴

2013年に開始。日本式の訪問入浴(簡易浴槽を持ち込むタイプ)のサービスに、中国で初めて取り組んだ。
社員を日本に派遣し、訪問入浴の技術を勉強しているとのこと。

⑤認知症高齢者グループホーム

900㎡/30ベッドの施設を現在建設中。日本型の認知症ケアを提供しようとしている。
入居費用は一人部屋で11000~13000元/月、二人部屋で10000~12000元/月。
NPO法人であれば建設や運営に関しては市からの補助金が受け取れる(営利法人は対象外)。

急成長を支えるのは、張社長のケアに対する強い思いと合理的な経営手法。
張社長は20歳のときに母親をがんで亡くしている。終末期は自身で母親のケアをしたという。そして2009年、今度は父親が脳梗塞で倒れる。中国の地方では救命以外の医療サービスが乏しく、リハビリが難しい現状があった。このようなことがケアで起業を思い立つ理由となった。

張社長はこの介護事業をNPO法人と株式会社のセットで運営している。
NPOでなければ応募できない事業、受け取れない補助金等もある。NPO法人が事業主体となることで、事業チャンスや必要な補助金を効果的に確保している。また税制上の優遇もある(上海では株式会社の介護事業に対しサービス業税6%、法人税25%が課税される)。
NPO法人は利益の配分ができないという面があるが、株式会社がマネジメントを支援すること、利益を自己投資に回すこととで、成長を加速していける。

介護事業の場合、成長の律速段階になるのは人材の確保と育成であるが、張社長によれば、人材の確保にはあまり苦労はしてないとのこと。
中国では人が少ないということよりも有資格者が少ない。研修を終えても資格認証に時間がかかるのだという。
毎月の新規採用は8割が介護職、2割が看護師やその他の専門職。職員に対してはシステマティックな教育・研修の仕組みを持つ。

上海の60歳以上人口は438万人。うち1割が何らかの介護が必要な状態ではないかと推測されている。訪問介護のマーケットは、上海市内で1000億円規模になると予想されている。張社長は、上海を含む長江デルタ地帯全域(浙江省・江蘇省)でもサービス展開の準備をしている。浙江省では900万人、江蘇省は1300万が60歳以上。日本では想像できない規模で事業が展開していくことになるのだろう。珠江デルタ地域(広州・香港)でもサービス開始を検討しているという。

若く聡明なベンチャー企業経営者、という雰囲気の張社長だったが、その根底には単に事業拡大に対してのみならず、中国のケアの発展に対する熱い思いを感じた。
日本で経営と介護を学んだ方が、自分の国で介護事業を立ち上げる。日本の介護が世界に貢献するもっとも理想的な形ではないだろうか。日本の事業者による「日式介護」が広がらないのは、介護保険がないからというような制度的な要因ではなく、もっと根底的なところに課題があるように感じる。
技能実習生制度も、研修生=労働力ではなく、日本に希望をもってやってくる実習生たちの豊かな将来と、未来のアジアのケアの発展をつなぐ架け橋として機能してくれれば、と心から願う。そのためには、私たちは海外進出を考える前に、日本の介護職や高齢者たちを幸せにすることにもっと真剣に取り組むべきなのかもしれない。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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