【上海徇行記④】中国の介護施設のリアル

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

上海銀康老年公寓(Shanghai Silvercare Health&Reabilitation Facility)。
上海市の所有する17階建てのビルを賃借し、高齢者住宅にリノベーション。462床を擁する大型介護施設となっている。
入居率はほぼ100%(入居者の平均年齢は84歳)、認知症の人が35%、重度介護(寝たきり)が18%。実は約半数が自立の高齢者であるが、入居対象は要支援・要介護の高齢者のみならず、老年性の多疾患など医療ニーズの高い人、そして独居高齢者や住宅がない人なども含まれる。つまり、純粋な介護施設というよりは社会的弱者対策住宅という性格も持っている。

この施設は高齢者向けケア付き住宅に、リハビリテーションセンターと認知症グループホームを併設する。

リハビリテーションセンターは、理学療法・作業療法・言語聴覚療法の専門ブースを持つとともに、鍼灸やマッサージなどの古典的なフィジオセラピーも提供されている。特に両者に区別はないらしい。リハビリの適応についても、脳血管障害の後遺症やパーキンソン病などの神経内科疾患のみならず、糖尿病や便秘、不眠症なども含まれるという。リハビリ機器は米国から導入され、定期的に米国の専門家の指導を受けているということであったが、詳細は不明。常時6名ほどのリハビリ専門職が、1時間に2人程度の施術を担当し、1日に約50人にサービスを提供している。

認知症グループホームとして紹介されたのは施設の1階部分。18人の高齢者が入居している。約半数がリビングスペースでリハビリプログラムに参加している(ことになっている)が、ほとんどがインストラクターの声掛けには反応せず、ぼーっと椅子に座っている状態。居室は4つのベッドが3列に並ぶ12人部屋に、4人部屋と2人部屋が配置されている。12人部屋の中央には、ベッドの上に布団の上からロープで拘束された高齢者も。寝返りを打つのも大変そうだが、スタッフは悪びれることなく、勝手に動くと危ないから、とその理由を説明する。グループホームというよりは、精神科病棟に近いものを感じた。

居室で生活する自立の高齢者にとっては快適な場所であることは間違いなさそう。大部分が二人部屋だが、スペースは非常に広く、トイレ・キッチン・洗濯室などが部屋ごとに配置されている。日本の一般的な公営住宅の間取りに近いが、それよりもかなり広い。リフォームされているので内部はとてもきれい。居室はすべて南向きで、北向きの部屋はリビングやダイニングなどの共用スペースに供されている。非常に贅沢なスペースの使い方をされている。廊下や共用部分の照明は、時間によって色調や照度が変化し、外出機会の少ない入居者の生体リズムを整えるのに役立っている。
3階部分には1000㎡のルーフバルコニーが。上海交通大学の園芸学の専門家たちが高齢者にとっても認知症の人にとっても快適な空間に、ということで、カーブを中心とした動線と、花の色や香りも意識して花壇を配置しているのだという。

426人の生活を支えるのは138人のスタッフ。うち介護職は80人。介護職をとりまとめる複数のリーダーは、に介護職として有資格者であるだけでなく、看護やリハビリの補助者として、そしてソーシャルワーカーとしてのマルチタスクを求められる。会社は介護職に対し毎週の研修機会を提供するとともに、オランダや米国など、先進的な研究者や施設などとの交流を通じて、施設のケアの質の向上に取り組んでいるという。

施術メニュー表。 リハビリと鍼灸などか一覧で示されている。
施術メニュー表。リハビリと鍼灸などか一覧で示されている

1階には医療機関として認証された医務室を持つ。6人の常勤医師(家庭医・リハビリ医・漢方医)が勤務し、入居者の健康管理を担う。薬局もある。外部の病院に通院している入居者もいるが、薬はこちらで一元管理しているという(配薬は主に看護師の仕事)。施設での仕事を志向する医師が少なく、医師を直接雇用するのは容易ではないとのこと。現在は、外部の医療機関と連携しながら、医務室の運営を外部委託している形になっている。
入居者の看取りへのニーズは高い。現在のところ、老衰の過程で偶発的に看取りになったケースは経験しているが、ホスピスケアとしてサービスを提供するためにはライセンスが必要で、そのための認証手続きを進めているところとのこと。
入居費用は、心身の重度介護で10000元/月、身体の重度介護で9000元/月、自立だと6000元/月、一部介護保険も給付される。上海市内では相場というところか。ちなみに開設にかかったリノベーションコストは3千万元(約6億円)とのこと。

経営者の高齢者ケアに対する意識は非常に高いと感じた。
ここでは、入居時に認知症という診断がついている人は、関連する認知症病院の専門医によるセカンドチェックを受けさせている。すると10%強の入居者から認知症という診断面が外れるという。日本でも入居時の診断名に縛られて不適切な医療やケアが提供されているケースは少なくない。とても先進的だと思った。
また、高齢者が生きがいをもって暮らすためには役割が必要である、という考えから、高齢者が主体的に活躍できる場を創出する努力をしている。外部のボランティアの力を積極的に活用する、宗教などの心の拠り所を大切にする、幼稚園などとの交流事業、そして高齢者が自らの歴史を語り、それを編纂するという聞き語りなども行われている。看取りケアにおいてもっとも重要なのは人生の最終段階におけるスピリチュアルケアである、という認識が中国の介護事業経営者の口から語られたのもの初めて聞いた。
彼女は、欧米との交流や日本への視察などを通じて、常に新しい考え方を学び続けている。そして、それを自らの現場に反映させようと努力している。
僕らとの交流でも、日本語・中国語の通訳プロセスが面倒になったのか、途中から英語での直接対話に切り替わった。医師の配置されていない日本の高齢者施設における在宅医の役割について逆に突っ込んだ質問も受けた。

現場にはたくさんの課題がある。しかし満床というアウトカムは、ここが現時点において地域のニーズに応えていることを示唆している。
まだ開設から6年目の施設。今後、入居者の心身の機能は徐々に低下していく。そして入居者や家族のケアに対する意識も少しずつ高まっていくだろう。その時にこの施設の真価が問われることになるのだと思う。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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