【上海徇行記③】中国の養老施設に、日本のメソッド

カテゴリー 佐々木淳, スペシャル0件のコメント

二日目の午後は、南京最大の介護事業会社、ESL(Nanjing Eastern Senior Living Service)の2つの施設を訪問した。

ESLは南京の有力不動産ディベロッパー、銀城集団の介護事業会社。
銀城集団は不動産賃貸事業などを通じて50万人の市民にサービスを提供している。入居者の高齢化に対応すべく介護事業に参入したのは2015年だが、すでに市内に3500床を供給する南京最大の介護事業者となっている。今後5年で20000床(稼働率95%)になる計画とのこと。
この急成長を支えているのがオープンサービスイノベーション。国内外の優れた介護事業者や清華大学、人民醫院(南京最大最高級の総合病院)と協働でサービス提供を進めるとともに、弾力的な資金調達が可能な状況を作っている。

ESLは①大規模CCRC(総合養老社区)、②介護付き有料老人ホーム(中規模養老施設)、③高齢者在宅サービスセンター(社区居宅養老服務中心)の3つのフィールドで介護サービスを提供しているが、今日は、このうち②と③を見学させていただいた。

■介護付き有料老人ホーム(中規模養老施設)

今日、視察させていただいた「銀城紅日」は203床を有する中国では中規模の有料老人ホーム。その名が示す通り、この施設の運営は上海の先進的施設介護事業者「紅日」に委託されている。
施設は市内中心部に立地。もともと大きな3つのレストランが入居していた建物を老人ホームに改装している。文字通りカフェのような気持ちのよいテラスや大きな窓が印象的。部屋は基本的に多床室だが、入居に必要な費用は1か月8000元前後と、南京市内にしてはかなり高額にも関わらず、オープンから1年で満床に。現在は多くの待機者を抱えているという。

全体に自立度の高い高齢者が多いが(要介護者は40%)、1階は認知症ケアフロアとなっている。訪問したのは昼下がり。お昼寝にはよい時間だが、多くの入居者はリビングで会話を楽しんだり、男性陣はPCに向かってネットサーフィンしたり。認知症ケアフロアでも、みんなでテーブルを囲んで歌いながら枝豆を剝いたり、部屋に寝かされている人はほとんどいないのが印象的だった。2年前、初めて紅日の上海のホームを見学させていただいた時、多くの人は部屋に閉じこもり、食事も部屋で食べている人が多かったことを覚えている。ここ2年で認知症ケアの形が大きく変化してきていることを感じた。

紅日の認知症ケアを変えたのが西麻布の特別養護老人ホームで施設長をされていた陳さん。日本の認知症ケアの技術やコンセプトを確実に伝えている。南京でも陳さんの教え子の一人、小梅さんとお会いできた。彼女は上海で陳さんから認知症ケアを学び、その実力から、いまは新しい施設のケアの立ち上げを任されているのだ。彼女が主催する「小梅のリビング」は、認知症の人が転居という環境変化を穏やかに受け入れるために重要な機能を果たしている。
入居者の多くは笑顔で、生活を楽しんでいる様子が感じられた。要介護度が悪化してから施設に入居、というのが一般的だが、南京ではわずかな行政からの運営補助金以外は原則として自己負担。北欧では自立度が高いうちから高齢者住宅に転居することは珍しくないし、衰弱する前に入居し、元気なうちに新しいコミュニティに適合しておくという意味ではこれも悪くはないのかもしれないと思った。

 

■高齢者在宅サービスセンター(社区居宅養老服務中心)

社区単位で配置された小規模多機能型高齢者サービス拠点。
今日、視察させていただいた施設は近隣の10のコミュニティ、1000人の高齢者の生活の継続を支えている。
提供されるサービスは、健康管理の支援、訪問介護(生活支援・身体介護・入浴援助など)、通所介護、通所リハビリテーション、食事の提供(施設内での食事および宅配食)、そしてショートステイ。多世代での利用が想定されており、図書コーナーや多目的利用できる空間、子供向けの設備もある。
基本的に施設は自由に訪問し、無料で空間を利用できる。要介護高齢者は利用に一定の判断やケアが必要になるため、要介護度の認定(これは公的なものではなく社内基準)を行い、それに応じた利用料を支払うことになる。また各種サービスを利用する場合もそれぞれ費用を支払う。食事はプリペイドカード(チャージ可)を事前に購入し、利用の都度、支払う。特に予約は必要ないが、地域の高齢者にはチャットグループで当日や週間メニューが配信され、あらかじめ選択しておくこともできるとのこと。チャットグループには現在300人が登録されている(地域の高齢者の約3割)。
いずれも介護保険はないので自己負担。たとえば入浴支援の場合、自立の人で1回あたり20元、要介護だと100元。病院の通院付き添いは1回30元など。
ショートステイは特に日数の制限はない。利用料さえ支払えば居続けることができるが、当然のことながら要介護度が高くなってきた場合には、系列の介護付き有料老人ホームに転居を進めることになるという。
ケアマネジャーという職種は存在しないようだが、ここでは理学療法士がケアのプログラムを立てることになっている。地域の高齢者が、残存機能を活用(+回復訓練)しながら、必要最小限のケアで生活が継続できるように、ということを考えると、これは実は合理的なのかもしれない。
介護保険によらない、という点を除けば、日本の小規模多機能に近い。そこに地域住民も施設利用自体は無料であること、食事が食べられることなどを考えると、暮らしの保健室的な機能が加わったもの、と考えればよいか。地域の高齢者ができるだけ長く地域で暮らし続けられるよう、地域のニーズに対し、フレキシブルなサービスを提供しようという意欲が感じられた。

3年間で3500床という空間の供給は可能であっても、療養生活支援を供給するためには、人材の育成が不可避である。
いずれの施設も利用者の自立度はまだ高いので、なんとかなっているといるのだと思うが、5年後・10年後、利用者の要介護度が上がり、認知症の人が増えてきたときに、それでもよいサービスを提供し続けることができるか。正念場は少し先にあるように感じた。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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