佐々木淳

納得できる「死」などあるのか

2019年12月3日

ACPと専門職のかかわりで重要なことは

前述の通り、ACPは患者だけでも、家族だけでもできない。
医療介護専門職が加わる必要がある。そこから先の経過の見通しによって、医療やケアの選択も当然変わる可能性があるからだ。専門職はACPのガイド(ファシリテータ)として、患者・家族が、話をしやすいタイミングやシチュエーションを見つけ、適切な対話を重ねていくことが大切だと思う。

その時に気を付けなければならないのは、自分の価値観や正義を押し付けようとしないこと。

あなたにとっては自宅で看取られるのが一番のはずだ。
余計な延命治療などしないのが一番幸せなはずだ。
こんな状態の患者に胃瘻の適応なんてない。
治らない状態で医療機器に生かされる人生なんて不幸だ・・・

知らず知らずのうちに、あるいは時に意識的に、専門職は自分たちの価値観を患者・家族に強要する。インフォームドコンセント(説明と同意)と称して、専門職の考える模範解答に誘導し、それにサインをさせるなどというのはACPでもなんでもない。

いい最期、納得できる死などあるのか

「穏やかに苦痛なく過ごせて、このまま最期を迎えられるのが一番幸せですね。」

判断力の低下した本人のベッドサイドで、家族とそんな話をすることが多くなった。
しかし、本人は本当にそう思っているのだろうか。

「もう死にたい」「もう充分生きた」

それは本人がそう思っているのではなく、まわりがそう思わせているのではなのだろうか。

あるいは意思表示が難しくなった本人の希望を勝手に上書きしていないだろうか。

 

自分の生活や人生の選択権を奪われれば、生きる希望を失うのは当たり前の話。

「本人は死にたいというので、治療は中止して、このまま穏やかに。」

これは本当に患者のニーズと言えるのだろうか。

この人が「生きたい」と思える環境を作ることこそ、専門職の本当の仕事なのではないのだろうか。

 

昨年、オランダで安楽死に関わるインゲン医師と直接お話をする機会があった。
死という選択肢は、それ以外の方法で苦痛が緩和できないときに初めて検討されるもの。
医療の専門家とは、死という判断を受け入れる前に、その人の苦痛を緩和し、生活の質を高めることを考えるもの。
苦痛が緩和されれば、人は生きたいと思うもの。

彼女のこの言葉は安楽死を前提としたものだが、人生の最終段階の支援においても、まさに同様のことがいえるのではないかと思う。

日本では、生活の質を高められない、社会心理的苦痛を緩和できない、そんな社会的弱者の死という選択に対して非常にラフだが、これは対人援助職の在り方として一抹の疑問を禁じ得ない。

 

僕は、厚労省がACPを普及させようとしていることを悪いことだとは思わない。医療現場では、おそらく望まぬ医療やケアを受けている人、あるいは望む医療やケアを受けられていない人はまだまだたくさん存在する。ACPが、人生を最期まで納得して生きるための1つの方法であることは言うまでもないし、そのことを、医療や介護の専門家のみならず、一般市民も理解していることが重要だ、というのはその通りだと思う。「人生会議」というネーミングも、その文脈で考えれば、いい得て妙、という感じがしていた。

しかし、ACPを通じて何かを決めておけば、それでOKというわけではない。
変化していく状況に応じて、本人にとって最適な判断をみんなで考えていく、という価値観を共有できるコミュニティ(家族・医療介護専門職を含む)を作っておくことが、ACPが力を発揮するための必要条件になる。

ここに高齢者医療費の増大、終末期医療費が非常に高額なのではないか、という議論が並行して行われていると、国はなるべく医療介護費を使わせずに高齢者を死なせたいのか、と勘繰る向きが出てくるのもやむを得ないが、ACPは必ずしも治療やケアの差し控えを意味するものでももちろんない。結果として医療介護費が増えるケースもあるだろう。

図らずも厚労省が広げてくれたこの大きな波紋。よりよく生き切るために必要なことが何なのか、それ以前に、よりよく生きるとはどういうことなのか、みんなでじっくりと考える機会にしたい。

 

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「死ぬ時ぐらい好きにさせてよ。」

樹木希林さんのポスターは、まさに日本社会とのACPそのものだ。
書店にはいまも、彼女に関する本が多数、平積みで並んでいる。
きわどいポスターを作らなくても、日本国民は少しずつ、人生の最期の過ごし方を自分で考え始めているのではないかと思う。

むしろ頭を入れ替えなければならないのは専門職のほうではないか。
医療やケアのミスマッチの続く現場と日々向き合いながら、僕はそう感じている。


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