今年の一冊目

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今年の一冊目に選んだのはこの本。

「家に帰りたい」「家で最期まで」をかなえる: 看護の意味をさがして
「家に帰りたい」「家で最期まで」をかなえる: 看護の意味をさがして 藤田愛 著(医学書院)

読み始めると同時に、正月でふやけた脳ミソが一気に脱水機にかけられたような強い衝撃を受けた。そして一気に読み切ってしまった。
これまでも訪問看護に関する本はたくさん読んできたが、中でも一番心に残った。建前論・理想論が並ぶ類書とは明らかに一線を画する。


藤田さんとは講演や視察で何度もご一緒させていただいている。ふんわりとしていて、やさしい、ちょっと天然ボケの関西のお姉さん?というのが僕の印象だった。
しかし、訪問看護師として20年間患者さんや地域と向き合い続けてきた彼女の洞察力はとても鋭い。価値基軸は患者目線でありつつも、その視点は常に俯瞰的でもある。そして、理想を目指す姿は誰もよりも強い。

僕自身も在宅というフィールドを共有する多職種の一人である。
彼女が紹介してくれた50以上のエピソード、そしてそれぞれの複数の登場人物。自分が在宅主治医だったら、という仮定で読んでみた。
在宅医として経験してきたさまざまな具体的なシーンが、彼女の訪問看護師としての語りを通じて鮮やかに蘇る。その時の苦悩や落胆、喜びを思い出し、そして時に目頭が熱くなる。図らずも自分が在宅医療の道を選択したその原点を再確認するとともに「『家に帰りたい』『家で最期まで』をかなえる」という使命を共有する一人として、自らの仕事の意味を問い直す機会となった。

本書のサブタイトルには「看護の意味をさがして」とある。
藤田さんは誰もが認める訪問看護師のカリスマだが、彼女の実践、そして彼女の行動の基軸にあるその心は、訪問看護の枠を超えた「看護」とは何かという問いそのものに対する答えであるように感じた。

彼女の生活や人生に寄り添う姿勢は、一言でいえば「素直で美しい」。


彼女も自身の言葉で書いている。「命の選択は相変わらず重くて難しい。何が正解かわからない。」
専門職としての正義を振りかざすのでなく、汎用性のある模範解答を提示するのでもない。感情に振り回され合理的判断ができない弱く優柔不断な人間という存在に対する愛おしさ。そして、患者も家族も自分たちも人間なのだという当たり前の前提と、その中で生活を支える、人生を伴走するとはこういうことなのだということを教えてくれる。
人生って多様だ。そして、人生って素晴らしい。さまざまな多職種が交わる在宅の現場で、看護がイニシアチブを取るべき合理性も理解できる。そして、改めて、人生の最期は医療じゃなくてケアなのだ、ということを再認識させてくれる。


この本のもう1つの側面は、管理者としての語りだ。
患者・家族の願いを支える姿勢を持つ看護師を育てる、それぞれのなりたい看護師への自己実現を支える。そんな経営者、チームリーダーとしてのあり方についても考えさせられる。
時々こぼれてくる弱音や愚痴は、同じ立場にいるものとして共感。ついクスっと笑ってしまう。保険制度による制限、24時間対応のあり方、費用のこと、トラブル対応、みんな悩んでいることは同じなのだ。

まずはスタッフを大切にすること、そして患者・家族と真摯に向き合うこと。相手が求めているものと、相手が本当に必要としているものをしっかりと見極めること。そのバランス感覚と、患者・家族そしてスタッフの真のニーズをキャッチする力こそ、本当の経営と、そして本当の対人援助を実現するために不可欠なものであることを教えてくれる。

日本の高齢化はまだまだ進む。医療や介護に対する社会のニーズも変化していく。その両者の結節点にある「看護」はどうあるべきなのか。この本を読むと、そんな未来も朧げながら見えてくるような気がする。

こんな素晴らしい本を世に出した医学書院さんには申し訳ない一面もあるが、体系的な看護学の教科書よりもずっと学びが大きいと感じた。
悠翔会の40人の看護師たちにはぜひ読んでもらいたいし、在宅のみならず病院や行政機関で働く看護職の人たちにとっても、必ず読むべき一冊だと思う。


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医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
1998年筑波大学卒業後、三井記念病院に勤務。2003年東京大学大学院医学系研究科博士課程入学。東京大学医学部附属病院消化器内科、医療法人社団 哲仁会 井口病院 副院長、金町中央透析センター長等を経て、2006年MRCビルクリニックを設立。2008年東京大学大学院医学系研究科博士課程を中退、医療法人社団 悠翔会 理事長に就任し、24時間対応の在宅総合診療を展開している。

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